むかし道・白山古道

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『旅の手帖』11月号で取材させてもらったのは、越前禅定道の起点に広がる白山平泉寺旧境内(福井県)です。(雑誌が出たのは先月なので、書店にはもうありません)
白山平泉寺は、奈良時代の僧・泰澄(たいちょう)によって開かれたとされる白山信仰の拠点寺院。平安時代の終わり頃に比叡山延暦寺の末寺となり、戦国時代には寺領9万石の巨大な宗教都市として栄えました。しかし天正2年(1574)に一向一揆の襲撃により全山焼失。その後、秀吉によって再興が図られましたが往時の隆盛を取り戻せず、明治の神仏分離令で寺号を廃して白山神社と改めたのです。

そんなドラマティックな歴史を持つ寺院跡は今、平泉寺白山神社を中心に約200haが国史跡に指定され、遺跡の発掘調査が進められています。発掘・復元された石畳の道も見どころのひとつで、僧兵たちが九頭竜川の石を運んで造ったと伝わるそうですよ。

境内にはたっぷりとぶあつい苔が一面に・・・。
かの司馬遼太郎さんも「冬ぶとんを敷き詰めたよう」と『街道をゆく』に記していますが、さすがにうまいこと言うなあと感心しました。ビロードより冬ぶとんでしょうね、ここは。

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三角形の屋根が乗ったような鳥居は、山王鳥居と言われ、神仏習合をあらわしているそうです。
夕暮れ時の境内が、深緑色につやつや光っていました。

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真夏でも山頂に雪をたたえ、豊かな水をもたらす美しい白山。その山容に女神の姿を重ねた古代人の心性が白山信仰の起源と言われます。img_20160902_175142

境内の森には、神秘的な気配を漂わせている泉がありました。千三百年前、白山の女神はこの泉から出現し、「はやく山頂に登っていらっしゃい」と泰澄に告げたとか。女神が導いてくれたおかげで泰澄は、霊峰・白山に初登頂を果たすことができたそうです。

 

この時、泰澄が開いたという登山道が越前禅定道と呼ばれ、境内の最奥部から始まります。山頂へと続く山岳修行の登山道は他に、石川県側から登る加賀禅定道、岐阜県側から登る美濃禅定道があり、3本を白山古道と呼ぶそうです。

実は今回、編集者さんや写真家さんたちと越前禅定道を途中まで登ったんです。あまりにハードで標高約777mの三頭山山頂で折り返しましたけど。
覚悟はしていましたが、これがもう、かなり険しい悪路。モンベルの登山靴もない時代に、多くの山岳修行僧が歩いた道だと思うと感慨深いものがありました。
途中でへたったとは言え、2週間かけて筋力トレーニングをして挑んだ取材なのでちょっと忘れがたいです。
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(ライター・北浦雅子)

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