高野山で聴いた魅惑のマントラ

 

極楽橋駅からケーブルカーで上ってゆくと、山上はまさかの積雪であった。
3月も半ばだというのに。

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「奈良県でしょ?」とあっさり言われることもあるが、高野山は和歌山県。紀伊山地の北西、8つの峯々に囲まれた標高約900メートルの山上盆地である。

平安時代の初期、原生林に踏み込んで真言密教の霊場を築いたのは言わずと知れた弘法大師•空海で、今年がちょうど開創から1200年目にあたる。

山内は町全体が聖地で、今も117の寺院が密集している。そのうち52が宿泊客をもてなす宿坊寺院だ。精進料理や瞑想、朝勤行などを目当てにやって来る善男善女も多いが、世界遺産登録後は海外からの観光客も増え続けている。

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今回、泊めていただいた宿坊寺院は恵光院(えこういん)さん。目的は夜の奥之院を歩くナイトツアーに参加すること。
奥之院とは世界最大規模の巨大な墓地であり、弘法大師•空海が今も生きて瞑想を続けているという御廟(ごびょう)に続く参道である。そこを夜に、歩く。

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とはいえ、この雪なんですけど…。と、外を眺めてモヤモヤしていたら、なんと、降りやんだ。
夕食をすませて玄関に向かうと、ツアーに参加する宿泊客が集まっていた。ガイドをしてくださる僧侶の後に続いて、20代から80代の男女7人が山門を出る。

参道に並ぶ燈籠の明かりと懐中電灯を頼りに歩くのだが、きもだめしのゾクゾク感は特になし。
墓地のスケールがダイナミックすぎて、あまりに異空間なのだ。織田信長と明智光秀の墓がご近所さんだし。ちなみに明智光秀の墓石は、何べん造り直してもパカッと割れるのだとか。
まだ恨んでるかも。

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実は空海には、遣唐使として海を渡る31歳までの間に謎の7年間がある。どこで何をやっていたのか、全くわからない空白の7年。「高野の山中に籠って、修行をしていたのではないか」と僧侶が歩きながら話してくれた。唐から帰国した空海が、かつて山林修行をした”平原の幽地”に修禅道場を築いたと考えれば納得がいく。縄文的野生あふれる空海だから、原始の闇で大宇宙の真理を悟ったのかもしれん。

30分ほど歩くと最奥部の御廟に到着だ。
空海がここに入定(にゅうじょう)したのは、承和2(835)年3月21日のこと。入定とは、断食を経て魂が永遠に生き続ける状態に到達することで、真言密教に伝わる究極の修行である。

俗説によると、空海が入定した後、御廟に足を踏み入れた僧侶がいるらしい。
921年10月27日のことなので、御入定から86年後。彼は空海の頭髪を剃り、着物を着替えさせて再び扉を閉めたとか。

21日の前夜にあたる毎月20日、「夜参り」と称して御廟に参拝するのは後世の僧侶たちの伝統である。電気も懐中電灯もない時代の夜参りを思うと、さすがにブルッとする。
御廟の前に立った僧侶が、力強い声で般若心経を唱え始めた。その声が、杉木立の闇に吸い込まれていく。

ナイトツアー終了後の午後10時頃、壇上伽藍(だんじょうがらん)へ。

壇上伽藍、知ってます?
広大な境内にお堂や大塔などの建築群や仏像を配置し、大日如来(だいにちにょらい)の世界を表現した大伽藍である。難解な密教の教えを、目に見える形にしようと空海が構想した。その景観の中心をなすのが根本大塔(こんぽんだいとう)で、内部は極彩色の立体曼荼羅(まんだら)となっている。

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ここに立つと空海のロック魂を感じるし、根本大塔の中に、あの立体曼荼羅があると思うとサイケデリック•ロックな感じ。
類いまれなアーティストとしての空海像が浮かび上がってくる。
1200年前、空海は一体なにを、どんな風に幻視していたんだろうか。

ちょっと眠って翌朝6時、再び奥之院の参道に立つ。
御廟に食事を運ぶ儀式を見学するためだ。今も生きている空海こと「お大師さま」に、1日に2度、1200年間にわたって僧侶たちは温かい食事を運び続けている。
僧侶が亡くなれば次の僧侶が受け継いで、悠久の時を連綿と続いてきた営み。(給仕を担ってきた歴代の僧侶たちは、御廟内の様子を一切他言しない)

夜から朝に変わっていく薄紫色の中を、食事を担いだ僧侶たちが粛々と通り過ぎていった。

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早足で宿坊に戻り、朝勤行と護摩祈祷に参加。護摩祈祷とは炎で煩悩を浄める密教独特の神秘的な修法である。長年の煤(すす)で黒く煙った毘沙門(びしゃもん)堂には、パチパチと燃え上がる火の音と副住職の唱える真言(マントラ)が響く。
この迫力とグルーヴ、どうよ…。
隣で見入っていた外国人も「エキサイティング」と唸った。


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高野山では今春、開創1200年を記念した大法会や秘仏の初公開などの行事があるが、おすすめしたいのが高野山霊宝館で特別公開される空海の真筆『聾瞽指帰(ろうこしいき)』である。24歳の空海が出家の決意をしたためた力強い書で、当然ながら国宝。普段は複製が展示されていることが多いが、5月21日までは実物が見られる。青年、空海の気迫を1200年放ち続ける真筆を目の当たりにすると、その天才っぷりに惚れるし(私は読めないけど)時空を超えた感動ものなので、ぜひ。

「みちとおと(道と音)」とは熊野古道•中辺路を取材して、私たちが制作したウェブサイトのことです。「みちとおと日本」は、その続編。サウンドマップの縮尺を広域にすると、この記事の取材地に音のアイコンがあります。現地を探してクリックしてみてください。

 

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