高野町富貴 ③ 妖怪「もるど」のこと

梶谷夫妻からの情報によると、峯さんは昼間、畑に出ておられるとのこと。
電話はやはりつながらず、「畑を探すしかないね」と人の気配がない集落を歩く。「ばったり出会えたら盛りあがるけど、会えないよねぇ、ふつう」と笑いながら。

なだらかな坂を登っていくと、前方で台車を押している上品そうなおばあさんを見つけた。慌てて駆け寄り、「このへんに峯さんというお宅はありませんか」と尋ねたら「うちですけども」とのお返事。

うまいこといきすぎて怖い。

しどろもどろで経緯を説明すると「お父さぁん!」と呼んでくださり、畑の奥からがっちりした体格の御老人が軽やかな足取りで現れた。
なんともお元気な、大正15年生まれの90歳。峯 貴一さん。

「ええと、あの、お聞きしたいのは”高野・花園の民話”の本に出てくる、もるどっていう妖怪のことなんですけど…」と、早速あやしい話を持ちかけた。
「もるど、な」とさらりと答えてくださったので、ほっとする。

今から30年ほど前、テープレコーダーを持って取材に訪れた鈴木さんという方に、貴一さんが話した妖怪の伝説は以下である。

もるどって、怪物あんのよ。虎や狼ってのは弓や鉄砲で成敗できんのやけど、もるどだけはどうしても成敗できんそうな。ほいで、この世の中で虎や狼より、もるどおとろしって言うことや。

ある年のことやけどもな、富貴村では、いつになく長雨が続いとったそうな。その日も、雨がしげく降っとった。夜になっても、なかなかやみそうもない。毎日の雨で、飢えた狼が遠くの山で吠え続けている。ほいだら、天井が急に激しくゆれ始めてなあ、蛸(たこ)のような怪物があらわれた。天井裏をニョロニョロと這うてるんや。一つの目は天をにらみ、もう一つの目は地をにらんで、足の先、手の先から水を吐くんやと。

もるどは一匹ではなく、部屋の中、土間、軒の入口と、数えることができんほどやった。主をはじめ、家のものは恐ろしさのあまり、肩を寄せ合い、何もできんとガタガタふるえておったそうな。
ちょっとして、雨もやんだんや。すると、もるども音ものう退散したって言うことや。主は言うたそうな。「この世の中で、虎、狼よりもるど恐ろし」

     話者・峯 貴一(富貴) 記録・鈴木

               昭和60年1月発行 『高野・花園の民話』より

庭先に腰掛けて、貴一さんは話す。
「もるどっていうのはな、しゃんとせな、家が雨漏りするって言う意味や。家が漏るっていうことはな、一番悲しいことやぞっていう先祖からの教えやな。勤勉に働きなさい。そやなかったら、家漏るど」

そう聞いた時、はっとして一瞬息が止まったと思う。
「もるど」は「モスラ」と同じアクセントだと思い込んでいたし、カタカナで妖怪モルド的にイメージしていたのだが読みが浅すぎた。家漏るど、であった。

「昔はみな、今みたいにがんじょうな家やない。みな藁(わら)葺きやな、藁葺きやなかったら皮葺きって言うてやな、桧や杉の皮でこさえたんや。虎や狼やったら狩人で成敗できるけども、漏るのは自分の力やなけりゃ成敗できんぞっていうこと。ほいで、しゃんとせなあかんぞって、わしはおじいさんにそう教えてもろた」

…そうだったのか。
にしても、海のものは塩サバぐらいしか入ってこなかったはずの集落に、蛸の妖怪が出没したとは不思議である。まぁ虎もいないけど。
ちなみに「もるど」には、漏奴という立派な漢字もあるそうだ。

『高野・花園の民話』には、「もるど」の他に「ぬめり」と呼ばれる富貴の妖怪も記録されている。
夜道を歩いていると丸太橋の上で、もやっと霧がかかる。そしてまるで目を塗られたようにまわりが真っ暗闇になる。なのに、なぜか空の星だけは見えるという。

「こんな山の中で暮らしは貧しいし、栄養が偏ってたんやろかい」と貴一さん。江戸時代の飢饉の話を思い出して「なるほど」と納得する。
「ぬめり」は「油揚げ三枚、帰ったら食べさすさかい」と言ったら目が見えるようにしてくれるらしい。「ぬめり」も「もるど」も、そう悪い奴らではないのだ。

時々ふと視線を上げて山並みを見渡しながら、貴一さんは色々と語ってくれた。
かつて富貴村が天誅組の焼き討ちにあったこと、名迫家の蔵から出てきた古文書のこと、先の戦争のこと、ひ孫が9人いる話。
そして別れ際、「また来てくれたら、いつでも話するで。ここは夏ぁ涼しいで」と目を細めて言ってくださった。

                  おわり

 

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