カテゴリー別アーカイブ: 散文など

里山紀行・名草山

今年も残すところあと3週間。夏の終わり以降、忙しくしていたので運動不足で体がギシギシと固まっている。心もお肌もギシギシ…。
なんとせねば。
と、名草山(なぐさやま)に登ることにした。

名草山は和歌山市の海を見下ろす里山で、標高は228.7メートル。中腹には西国三十三所第2番札所である紀三井寺があり、山頂までは複数の登山コースがある。数年前から体力づくりのために時々歩いているのだけれど、30分ぐらいで山頂まで登れるし、市街地にありながら自然が豊かでいいところだ。足腰を鍛えるために上ってくる老人たちと出会うことも多いが、さすがに夕方なので誰もいない。

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近隣の御老人にとってみれば、名草山は子どもの時からの遊び場であり、山中を巡っている小径は集落と集落を結ぶ生活道でもあった。紀三井寺のお祭りに行く時は、小銭を握りしめて夜の山道を何度も往復したそうだし、お正月には山頂から初日の出を拝む風習があったとも聞く。人々の暮らしや信仰と密接に関わっていた里山だが、高度経済成長期以降は登る人もなくなり、道が荒れてしまった時代もあったそうだ。

登り口にイノシシのワナを見つけて、ちょっと緊張する。
私はまだ出会ったことはないが、けっこう生息しているらしい。

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落ち葉を踏むザクザクした音とか、録ってみた。名草山は自然の雑木林だから落ち葉がたくさんあるが、杉や檜の植林山に落ち葉はないですよ。

途中、一本の木が、幹に俳句を掲げて立っている。実はこの俳句、季節によって定期的に掛け替えられている。どなたの作かは知らないが風流なご趣味だし、どんな方だろうと思いつつ、もう何年も鑑賞させてもらっている。

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ここにも。

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もう冬なのに秋の句のままなのが気にかかる。作者はお元気だろうか。
いや、私が勝手におじいさんだと思い込んでいるだけなので、もしかしたら渋好みの小学生かもしれないです。

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山頂に着くと、夕日が海に向かって下りてゆくところだった。水平線にくっきり沈むのを見届けたいと思ったが、日が暮れるとイノシシの活動が始まるので危険である。後ろ髪を引かれながら、あたふたと下り始めた。もう少しで海に沈むのだけれど。

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写真と文 北浦雅子

 

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books ①

『画家として、平和を希(ねが)う人として  〜加納辰夫(莞蕾)の平和思想〜』

   著者 : 加納佳世子        出版社 :  メディアイランド  (2015/3/10 発行)     Amazon

 

この本から強く感じたのは「個の力」の可能性。国家や組織という、得たいの知れない化け物のようなものに囲い込まれていると、「自分にできることは何もない」と無力感に捉われそうになりますが、実は本当に、一人ひとりこそが平和を実現していける存在なのだなと…。

内容を少し紹介します。本書は明治37年生まれの画家・加納辰夫氏の人物伝です。

島根県能義郡布部村(現在の安来市)に生まれた加納氏は、小学校の教員を経て画家となり朝鮮に渡ります。34歳で従軍画家の招集を受け、2年後には京城(ソウル)の高等学校で美術講師となりますが、昭和20年の敗戦で家族と共に郷里へと引揚げました。

その後、加納氏が家庭生活を犠牲にしてまで取組んだのは、フィリピンのモンテンルパ刑務所に捕らえられていた日本人戦犯の助命と釈放を求める嘆願活動でした。権力も地位も与えられていない一市民の立場でフィリピンのキリノ大統領に嘆願書を送り続け、「赦し難きを赦すという奇蹟によってのみ、人類に恒久の平和をもたらす」と訴えかけます。「人を殺すことで平和は実現できない、赦してこそ実現できる」との信念に基づいた行動でした。

第二次世界大戦の末期、キリノ大統領は妻と3人の子どもを日本兵に殺されています。想像を絶する悲しみと苦悩の中にありながら、大統領は昭和28年に日本兵108名(死刑囚59名、終身刑49名)を赦免するという寛大な措置をとりました。ひたすらに平和を希って行動する、ひとりの芸術家の心が届いたのです。

著者は、加納氏の四女である加納佳世子さん。加納氏がフィリピン政府と交わした書簡や当時の写真、友人との会話テープなどを参考に、その足跡をまとめておられます。加納氏は生前「わたしの助命嘆願の活動は、戦犯者の命を乞うものではない。次世代の平和は、どこから切り開くべきか提唱しているのだ」と繰り返し話していたそうです。その精神性と遺伝子を継いだ佳世子さんは、提唱を続ける役割を果たされているように感じます。

加納氏はキリノ大統領に向けて「私の責務は、全身全霊を持って、世界平和のために貢献することである」と書き送っています。戦後70年目の今、不穏な空気が漂う日本においても、その覚悟を持つことがいかに大切か。それぞれ一個人が平和を熱烈に求め、貢献していく努力を止めてはいけないのだと思います。

「あくまでも平和の基本は、児童を守ること。そして重要なことは国境を越え、どの国の子どもも大切に思うこと。それこそ平和を築く基本」と加納氏は語ります。本書にちりばめられた「基本」に触れるたびにドキッとしている自分を客観的に見て「ちょっと怖いな」と思いました。世界中から汚泥のようになだれ込む情報に呑み込まれて、無意識のうちに麻痺していたのだとしたらおそろしい。

108名の赦免がなされた時、佳世子さんは小学校3年生であったそうです。子ども心にフィリピンやキリノ大統領に親しみを感じ、友達にも「キリノ大統領はね…」と話していたとか。おしゃまな女の子を想像してほのぼのと心に残るエピソードですが、子どもが他国に憎悪を持たず、何となく親しみを感じるような環境から未来の平和は生まれてゆくのでしょう。

そして、ふと思ったのが明治23年に和歌山県の串本沖で遭難したトルコの軍艦、エルトゥールル号の事件のことです。この時、串本の住民たちが総出で乗組員を救出したことが、トルコが親日国である理由の一つだと言われます。
この美談は和歌山県の広報誌などでも繰り返しアピールされていますが、県民である私はそのアピールが少々こっ恥ずかしい。先人たちの偉業を和歌山県の誉れと無邪気に広報できるのも、トルコの国民が、日本や和歌山の人々への感謝を語り継いでくれているからに他なりません。

遭難者を助けたことと、戦犯者を赦免したことを同列で考えることはできませんが、それにしても、日本人はもっとフィリピンやキリノ大統領に感謝と尊敬の気持を持ち続けるべきだったのではないかと思うわけです。複雑な背景や、戦後処理の失敗があったにしても。

加納氏は晩年、「三十年にわたるわたしのフィリピン問題は、結局、わたしの拙い絵でございます。わたしは、あれは絵だったと思います」と話したそうです。読後、その意味を考えあぐねているのですが、はっきりとはわかりません。ただぼんやりと、芸術家の心の輪郭のようなものが見えつつあって、何だかずっと気になっているのです。

(北浦雅子)

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NHKラジオ第1「ラジオ深夜便」

NHKラジオ第1「ラジオ深夜便」で、「みちとおと」について北浦がお話をさせてもらいます。
「ないとエッセー」のコーナーで、タイトルは、”音風景で伝える熊野古道の魅力” です。
時間は夜の11時台で、一回あたり10分です。

第1回 7月4日  地方から都市に情報を発信する
第2回 7月11日 山里の人々の心を訪ねて
第3回 7月18日 参詣道で発見すること
第4回 7月25日 熊野の記録を世界へ

全国で聴いていただけますので、よかったらお聴きになってください。

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海辺の和歌祭

和歌山市の祭と言えば、和歌祭。例年5月の第2日曜に行われる紀州東照宮の大祭である。
始まりは元和8(1622)年なので、392年前か。
狭い石段でひしめき合う神輿(みこし)おろしや、時代絵巻のような渡御行列、海の民の御船唄など見どころも多い。

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かつては日本三大祭のひとつと言われて(どこでも言うが…)大いに賑わい、見物人もわんさか詰めかけたので「大阪から臨時列車が出た」とか「四国から臨時船が出た」とかいう記録も残っている。最近は臨時の乗り物が出ることはないが、地域の人たちの努力と心意気で勢いを取戻しつつあるようだ。

今年の開催は5月11日、晴天。
風が少し強かったけれど、潮の香りも海辺の祭らしくてそそられる。漁港では名物のシラス丼や、足赤エビの天ぷらなどが売られていた。

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親しい方々が「腰元(こしもと)」で行列に参加していたので、「腰元はもう行きましたか?」とあちこちで聞く。なぜ「あちこち」かと言うと、尋ねた人によって答えが違うから。
「もうはよに行たで」「まだずっと後ろや」「今、行た」
ええっと……。こういう気風が、いかにも南国。悪くないけど、時々困る。

仕方がないので、最終コースあたりで待ち伏せる。ちなみに腰元とは、こういう人たちです。渡御行列のキレイどころですね。後ろ姿だけど。

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そして不老橋に並ぶアマチュア(たぶん)カメラマンたち。
不老橋は、嘉永4(1851)年に完成したアーチ型の石橋。本州では珍しいデザインで、秘伝的技術が用いられているとか。

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ひととおり祭を見終わって、路地を散策。海辺の集落はたいてい細い路地が入り組んでいるが、和歌浦の路地も魅力的。
万葉の歌枕の土地だけあって、しっとりした気配も漂っているような。
夕刻から腰元たちと合流して居酒屋へ。安くておいしい魚を食べた、祭のあと。

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※ 和歌祭については、こちらのサイトでどうぞ。

写真・文 北浦雅子

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みちとおと取材記、更新しました

「みちとおと取材記」を書きました。NHKさまに取材をしていただいた時の記事です。

  みちとおと取材記 「NHKさまと熊野古道へ」

※  「ぐるっと関西おひるまえ」という番組で関西地域に放映されました。またNHKラジオ第1でも、5月10日(土)の13時半頃に放送してくださるそうです。こちらは全国エリアなので、もしタイミングが合えば聴いてみてくださいね。

 

 

 

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